講師ブログ・カラフルブログ

2012年をどういう年にしていくか

明けましておめでとうございます。

 

2011年、日本は未曾有の災害、東日本大震災に見舞われました。

 

そして未だ解決とは程遠い状態の福島第一原発の問題。

 

日本の未来に希望を持てない若者が60%という状況で、今私達にできることはなんでしょうか?

 

震災後にほとんどの日本人または世界の人々が自分にできることは何か、真剣に考えたと思います。

 

出来ることから始めよう!という言葉をたびたび聞きました。

 

自分もそのように思い、資源を節約したり、寄付をしたりしましたが、なんだか今違和感を感じています。

 

できることってなんだろう?

 

私の場合、1年の最初にその年の目標を掲げ、このブログに書いたりしていますが、1年後それが達成したと満足できることはほとんどありません。

 

やろうと決意したことも出来ないまま、あっという間に一年が過ぎていく私のような凡人に一体なにができるのか?

 

昨年の日本の状態や今後のことを真剣に悩み、このようなことを鬱々と考えていたら、そうだ!できることをやるのではなく、できないと自分で信じていることこそ、今年はやってみるべきだと思い始めたのです。

 

それがなんなのか、今は具体的に言えないのですが、今年はそのような年にするべきと確信しています。そして、自分らしくあまり慎重にならず、行動していこう!と思います。

 

いい年にしていきます!!

 

(2012年1月10日)

 

赤シャツと黄シャツの対立

タイの総選挙で次期首相に就任予定のインラック氏で久しぶりにタイに新しい風が吹くのだろうか。

 

20代の頃初めてタイを訪れたとき、仏教に根ざす"ほほ笑みの国"を実感し、なんとも穏やかな国という印象だったが、最近は「赤シャツ」の農民や低所得者が支持するタクシン派、「黄シャツ」の中・高所得者層が主体の反タクシン派という対立で、穏やかな国というイメージはなくなってしまった。

 

赤と黄色は子供の頃母が嫌っていた組み合わせのせいか、個人的な色彩心理の観点から、今でも相容れない色という印象が強い。

しかしよく色相を見てみると対比配色ではないし、混色すると鮮やかなオレンジになる。

 

オレンジは南国のフルーツや太陽輝く色。

 

赤でも黄色でもないその中間のオレンジの色を取り入れたタイの新社会が、国の安定につながってくれればいいと思うのだが。

 

こんなことを書いているとタイ料理が食べたくなってしまう。。。。

 

大好きなタイ料理なら毎日でも食べられるのだが、子供にはあまり人気がないのでしょっちゅう作れないのが残念です。

 

(2011年7月5日)

 

 

"エリザベスタウン"の青い空

シドニーからの飛行機で以前に見たときには、感じなかった色を意識しました。

 

最初のシーンはブルーの空に浮いたいくつかの雲。

 

10億ドルの負債の責任を取って会社をクビになったドリュー(オーランドブルーム)の心の様を表しているかのように、ぺイルブルーと白の気持ちの晴れない曇った色相である。

 

父の急死を知らされ、南部のエリザベスタウンへ車を走らせるドリューの心が、どんどん深く落ち込んでいくのを表すかのように、車のライトが深いブルーに光り、差し込んでいく。

 

青には様々な心理があると思うが、この映画にしっくりする青の心理は、やはり「内省」。

10年働いた会社でシューズのデザインをしていたドリューは、クビになったとき初めて自分の内面を見つめ、あの饗宴はなんだったのか?と疑問を持つ。ちなみに彼の服はほとんどが深い青色である。

 

父の故郷の南部の人々に会い、そのねっとりとした関係や大げさな葬式に辟易しながら、また飛行機で知り合ったフライトアテンダントのクレア(キリスティンダンスト)の強引さに戸惑いながらも、しだいに人々に心を開いていく。

 

南部を嫌っていたドリューの母(スーザンサランドン)が、葬式の舞台で人々を爆笑の渦に巻き込んだスピーチを終え、タップダンスをするシーンは圧巻!

 

ぎこちないダンスを披露する母を、まばゆいばかりに濃紺のライトが照らす。何度も何度もスポットライトが当てられ、彼女は自分を解放していく。

 

父の遺言である遺灰を土に撒く儀式を一人で行いながら、クレアの用意してくれたCDをかけて、自分を再生させていく。

 

その音楽がまたとびきり上等なんです!!

 

最後にクレアが指定した場所で"赤い帽子"を捜すドリューの心に青はもう見えない。

遊園地のあらゆる場所に目につくのは赤、赤、赤。

そしてなんとも優しいほほ笑みで赤い帽子を被ったクレアを見つけたドリューは、やっと自分の本当の心を見つけた。

 

赤いハートがほんわか伝わってきて久々気持ちが温かくなりました。

 

最近意識せずに見た映画が全て今の現実を表しているような暗い映画ばかりで、このブログに書きたくなかったのですが、この映画は私の愛が少ない心にも、赤い情熱を灯してくれた貴重な存在です。

(2011年6月17日)

 

今日本のためになにができるか

今日本中の人々がなんとかしたい!と切実な願いを持っていると思います。

 

私もこの一週間の間にいろいろな事を考えました。

 

まず被災地域や津波の様子を何度も繰り返しテレビで見ているうちに、どんどん落ち込み、食欲もなくなり、眠れない。

 

地震警報に怯える日々。テレビのニュースで情報を得るうちに益々悲観的なり、涙があふれてとまりませんでした。

 

しかしそのうちにこんなことしていてはだめだ!なにかしなくては!と考えるようになり、自分にできることはなにかを自問自答していました。

 

寄付?ボランティア?節電などなど。もちろんどれも大切なことですが、今日あるサイトを見ていたら臨床心理士の堀之内先生という方がお話されている内容にガツンときました。

 

皆が何かしなくてはと思っているけれど、思い通りにならないこの現状に涙したり、怒りっぽくなったり

する。これはなにかを乗り越えるプロセスなんだとか。

 

全ての人が今やるべきことは、自分の仕事をできる範囲内で最大限努力をして続けることで、これが

引いては営業や物流の活性化となり、本当の意味での支援になるのだと。

 

震災に遭った、お笑いタレントが「今お笑いができることははっきりいってないです」と言っていたこと

やダルビッシュ投手が「こんなときに野球なんかしていいのかと思う」と言っていたことを思い出し、私

も同様に被災した人のことを考えると、温かい食べ物さえ後ろめたい気持ちになったりしたのは、まさ

に現状を乗り越えるプロセスだったのでしょう。

 

今回このような非常事態に周りのあらゆる情報に惑わされることなく、冷静にしかも淡々と自分の仕

事をこなしていた人や、電車が動かないため帰れなくなった会社の人を自分の車で一人一人家まで

送っていった友人など人間性をはっきり見せつけられた感じです。

 

また感動したのは、周囲を乱すことなく、それぞれが同じように助け合いながら、行動ができる日本人の素晴らしさ。

 

今私にできること、それは周囲の人々との確かな絆と支えあうこと。

 

この大きな出来事を乗り越えたところに更に大きな幸せがあると確信しています。

 

手を取りあって、支えあって、そして世界中のあらゆる国々から支えてもらって、今日本が立ち直ろうとしています。

 

感謝と祈りと奇跡を信じる心でこの苦難をきっときっと日本は乗り越える!

 

逃げないで立ち向かう!勇気を持って前に進みます。

 

2011年3月18日

 

 

 

 

2011年 再び信じる

あけましておめでとうございます。

 

今年の抱負は、"信じる" です。

 

昨年後半は、韓流に染まった私でしたが、その流れで、今ハマりきっているのが "チュモン"。

まだ途中までしか見ていないのですが、その中で"信じることの強さ"を感じる場面が多々あり、今年は信じて見守ろう!と決意しました。

 

どんなに裏切られても、ダメな王子(第二王子)でも最後まで王妃である母親は、信じ、守り通す。

 

妥協のように思われるチュモンの態度(テソ王子へのおもねり?)に納得がいかなくてもそれでもチュモンを信じてついていく3人の家来達。

 

親友のヘモスを信じ、彼の子を宿した姫を守り、自分の子として育て、なにがあってもその子、チュモンを信じて愛する王。

 

"信じる"と口で言うのはたやすいことだけど、長い人生の中で誰かを、何の曇りもなく、100%信じるというのは、簡単ではないと思う。

 

たとえ血を分けた子供にさえも、1%の疑いを持ったり、諦めたりすることもあるのではないか。

 

でも韓国ドラマを見ていて、感じたのは、そのようなやみくもな愛ではなく、もっと本質的な、人間性への信頼のような気がする。

 

愛する者に裏切られたり、自分を信じて国を守ってきたつもりが国民は全く正反対の感情を持っていたことがわかったり、どんなに懸命な人間でも"こんなはずではなかった"と自分の人生を振り返るときがあるのではないか。

 

それでも絶望することなく、また前を見て、人間を信じる。

 

再び信じて、前へ進む。

 

そこには静かで、広大な川のような流れと愛があるのだろう。

 

今年は静かに心落ち着けて "信じる" を心がけたい。

 

(2011年1月7日)

 

 

 

韓流の風に吹かれて

韓国ドラマ付けの日々です。

 

随分長いこと韓流にハマるおば様達を冷ややかにみつめていた私が、まさか今頃韓流にハマるとは?!

 

多分ソウルへの旅の後、なんだか不思議な魅力に取りつかれたように韓国に関するあらゆるものに惹かれているみたいです。

 

気づくといつも韓国語のドラマを見ている毎日。。。。

 

決して洗練されているわけではないし、いつも同じような設定で、笑っちゃうようなストーリーが多いんだけど、日本のドラマにはない "なにか" があるんですよね。

 

自分が昭和の時代に育ってきた過程で、大切に心の底に守っているもの、日本映画でいうと"Always 三丁目の夕日"みたいな、ほのぼのとしてでも熱くて、心の核として忘れないでいるスピリットというのかな。

 

韓流の王道と言われている"冬のソナタ"を見て、なんであんなにおばさま方の心を打つのかよくわかりました。 誰でも持っている、大切な青春や初恋の思い出を生き生きとよみがえらせてくれる、韓国の俳優のピュアな瞳にがっしり心を奪われるのですね。

 

それにしてもヨン様がなぜヨン様と呼ばれるかも納得しました~

 

あんなにキラキラしたオーラを放つ俳優はそういないよね。まさに王子様だわ。。。。

 

ドラマですっかり夢中になっているのは「パリの恋人」。

 

お決まりの三角関係ではあるのですが、それぞれとっても魅力があっていい味だしてます。

 

なかでも密かにファンになってしまったハンキジュ氏役のパクシニャン。

 

感情を抑える表情がなんともいえずいいんです。こういう俳優を好きになる私は、やはり東洋人ですねえ。どこか自分の気持ちをぐっと抑えて冷静にふるまう姿に惚れてしまうのよ。

 

このドラマの中にちりばめられている

「何の授業をさぼったらそんな態度になるんだ」とか「道徳の時間に居眠りしていて"ありがとう"や"ごめんなさい"が言えない」などの新鮮な会話は、なぜだか心に響きます。

 

私達が小学校の頃、道徳の授業は人間の守るべきルールを教えてくれた大切な授業だった。

そして先生は絶対的な存在で、常に指針を示してくれる人だったけど、今の日本の子供達で先生に対してそのような尊敬の気持ちを持っている子がどれだけいるだろうか。

 

何度も父親に家出されながらも人間としてまっすぐに育つカンテヨンの甥、ゴンがスヒョクに言う、

「愛って痛いものなんだって本で読んだ。僕は父さんを愛しているのかなあ。父さんのことを考えると胸が痛くなるんだ」

 

というセリフも泣けました;;;

 

親をとことん大切にする韓国の人達の儒教の精神というものでしょうか?

 

年長者を敬うなんてことはもう遠い昔の話になってしまった今の日本ではあり得ないような内容ですね。

 

また韓国の女優の涙の流し方の美しいこと!!

大きな瞳からあふれる大粒の涙が顔をゆがめさせることなく、とめどもなく流れて益々美しく見えるから不思議。

 

日本の女優は美しくても涙が似合う人って思い浮かばない。

 

男も泣く泣く!さすが東洋のイタリア男の名の通り、愛に生きるって感じ。でも仕事してるのかあ?って位、彼女の家で待ち伏せするからすごい体力?!

 

こころゆくまで韓流に浸ったら何が待っているのかなんだか楽しみな気がします。

 

(2010年8月18日)

 

 

 

 

キラキラ、sparkしたい SATC2

見てきました!

 

もちろんTVシリーズから全て見ていて、カラーセラピストの見地からいろんな場面で

感じたことをこれまでもこのブログに書いてきました。

 

SATC1ではあまりのゴージャスさにTVシリーズの普通の女子の感覚がなくなり、一瞬冷めたけれど、SATC2のプロモーションを見たら、やっぱり見ずにはいられない!映画館で見る価値はありました。

 

ポスターにもあるように、最初からキラキラシルバーにギラギラゴールドのオンパレード!

やっぱりアラフィフの彼女達にはあれくらいの輝きを足さないとちょっと苦しいのかも。

彩度最大級のゴールドとシルバーはエネルギーやパワーの象徴だとしても、何故か痛々しい。

 

20代の頃、中年の女性がやたらジュエリーを付けたり、キラキラしたビーズやフェイクジュエリーの付いた服を着るのを見てなんか悲しいと感じていたけれど、今自分もその中年世代になって、なぜ

彼女達がああいう服を着るのか理解できる。

 

結婚生活にもキラキラした輝きを求めるキャリーと家でゆtっくりTVを見たいビッグ。

 

20代、30代と必死で頑張ってきた彼女達はどんなに皺ができようと何かを諦めるなんてできない。

 

今も未来もキラキラしていなくてはNYのオンナとは言えないのだ。

 

アンソニーとスタンフォードのゲイカップルの結婚式が圧巻!!

全てが白、白、白。

 

コーラスで歌うハンサムな男子も、ウエディング会場の水辺に浮かぶ白鳥も、もちろんスタンフォードの衣装もAll white.

 

スタンフォードの今までの乙女でピュアな心を表しているかのようだった。

 

そして今回のSATCの最大のテーマが、キャリーの出版した本の題名通り、"結婚"。

 

彼女達もそれぞれが結婚や男女関係に様々な悩みを持ちながら、それでも"結婚"にこだわるのは(サマンサは違うけど)なぜなのか?

 

週に2日は別居しようという夫の申し出に毎日一緒にいたいから結婚したんじゃないの?と詰め寄るキャリー。

 

そして他国で働きながらも妻への熱い愛を語る、アブダビのホテルマンや昔の恋人エイダンと偶然出会ったことなど、また新たに"結婚"について考えさせられたキャリーは、NYに戻る。

 

そして夫と一緒に白黒のTVを、カウチに寝そべりながら見ることも楽しめるようになる。

 

そこで流れる曲がシンディーローパーの名曲、"True Colors".

 

" I see your true colors shinning through

  I see your true colors and that's why I love you

  So don't be afraid to let them show your true colors

  True colors are beatiful lika a rainbow  "

 

あなたの本当の色を見せることを恐れないで

あなたの本当の色は虹みたいにきれいなんだから

 

というフレーズが昔から大好きだった私のお気に入りの歌です。

 

そしてキャリーの呟きが流れる。

 

「TV映画は白黒でもいいけど、男女の関係にはいろんなカラーがあっていい。」

 

とどのつまり、男女の関係や結婚にはさまざまなパターンがあっていいし、そこには"こうあるべき"というのは存在しなくて、あるのはそれぞれの"色"、カラーだけ。そしてそれはそれぞれが違っていても

どれも本当の色は美しいんだという意味でしょう。

 

キャリーが夫からもらったリングもブラックダイヤモンドだった。。。

「きみは特別な人だから。」と言ってたけれど、今の私なら"わかる~~"と納得する!

 

黒の持つ特別な魅力。

 

形や光の分量ではなく、物事の奥深くにある存在感や人の心の底まで表せる、唯一つの色。

 

ふくよかな黒。

 

私の最も愛する色です。

 

やっぱりSATCは色で語る映画だあ!!とまたまた納得した私です。

 

(2010年6月30日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

韓国の色彩を感じて

韓国ソウルへ行ってきました。

 

いろいろな意味で不思議な体験をしました。

たった3泊4日なのにこれからの自分に影響を与えてくれそうな旅でした。

 

実は今まであまり興味がなかったのですが、これから遅ればせながら韓国映画にはまりそう。

 

「チャングムの誓い」をテレビでやっていたときも特に印象に残らなかったし。

 

それなのにチャンドックン(昌徳宮)やチャンギョンクン(昌慶宮)、併設の博物館などを見学するうちにその魅力に取りつかれて、ガイドの説明に聞き入りました。

 

ソウルの宮殿は昔政治の中心にあった場所なので正式な場所の色彩として赤が中心でした。

 

赤と緑のコントラストが非常に目立ち、映画に出てくる礼服(正式になんというのかわかりません。今度調べてみます)を着た男性が、たぶん警護の仕事をしている立場の人だと思うが、赤一色の服と青一色の服を着て鉾を持って立っていました。

 

後で気づいたのですが、赤と青は、韓国の国旗の配色ですね。

 

韓国の国旗の中央の円は大極(宇宙)を表し、全てのものの統一性を表す。

 

陽(赤)と陰(青)、善と悪、太陽と月などの二重性を表す。

 

などとネットを調べたら書いてありましたが、詳しいことはわかりません。

 

興味深いところは、赤は韓国の人にとって身分の高い、高貴な色であると同時に、聖者と対極にある犯罪者、または愛と憎悪を表すとのこと。

 

国旗にも二重性を表し、ひとつの色にも二重性を意味するあたり、映画に見る韓国人のピュアで穏やかな表情と、怒り狂ったときの韓国人の声と大声で泣き叫ぶところの二面性が重なり、おもしろいと感じました。

 

それでも「顔を真っ赤にして怒る」とか「赤字」などは日本と同じ表現を使うそうです。

 

アジアの色に対する感覚は共通する部分があるということでしょうか。

 

でもソウルのミョンドン辺りを歩き、若い女の子のファッションをチェックしたけれど、あまりセンスいいとは感じなかったなあ。靴がダサい!

 

やっぱりおしゃれだなあと感心したのは、イタリアの男性とフランスの女性。

 

イタリアでは駅で働くおじさんでさえ綺麗な色のシャツを腕まくりしていたし、フランスの女の子はスカーフや靴の色合わせが完璧。

 

私は大の靴好きなので靴を見るとその国のおしゃれ成熟度がわかるのだ!

 

ということで韓国は皆肌も綺麗で美容関係はすごいけど、色彩感覚はまだまだだなあと感じました。

 

(2010年5月21日)

 

 

 

 

 

 

琥珀色のインド スラムドックミリオネア

前評判通り、凄い映画でした。

 

最初から最後まで画面を覆い尽くす、琥珀色の太陽の光と砂ぼこりが混じったような、強い香辛料と体臭が匂ってきそうな映画です。

 

インドのスラムの孤児達の目を覆いたくなるような現実に、続きを見るのがつらくなりましたが、それに反して輝く瞳が本当に純粋で、毎日を生き延びることだけの生活の中でどうしてあんなに生き生きと生きていけるのか考えさせられました。

 

日々の寝床や食べ物にも困る兄のサリームと弟ジャマールは、過酷な状況の中であらゆる手段を使って文字通り、"生きて"いくのだが、兄はお金とパワーに囚われていくなか、ジャマールは初恋の相手ラティアを必ず捜し出すと決めてムンバイの街に戻っていく。

 

ジャマール役の少年の冒頓とした風貌とその裏にある強い意志が、何とも言えない魅力を表していて、彼の初恋の相手ラティアは文句なしに可愛いい!!「初恋のきた道」のチャンツイイー以来かも。

 

表情も雰囲気もピュアーで忘れられなくなる相手としてまさに当たり役。その彼女がいつも身につけているサリーやトップスがキラキラした黄色。

 

黄色って希望、情熱、太陽そのものって気がします。そして黄色のもっと透明感の強い、琥珀色はインドの今のパワー、がむしゃらな迫力を表しているのかも。

 

この映画を見てこの琥珀色の力に圧倒されたの同時に、サリームの言葉が印象的でした。

 

「弟は絶対あきらめない」

 

その日を生きるのにも精一杯のスラムの孤児であったジャマール。それでも初恋の相手を探すことをあきらめない。そのために出場したクイズショーで次々正解を出してミリオネアになってしまうが、彼にとってクイズに出場したのはラティアを捜し出すため。

 

"あきらめない"という言葉、どんな状況でも目標をあきらめないという、最も単純で強い行動。

 

インドの底力と埃まみれの黄色い画面にしばらくぼっとしてしまいましたが、この言葉が何故か心に沁みた映画でした。

 

(2010年3月26日)

レインボーフラッグの意味するもの

インビクタス(負けざる者たちへ)を見てきました!

 

ネルソンマンデラと南アフリカの歴史に興味を持って見たのに、あまりにも心に響く言葉がいっぱいちりばめられていて、そのひとつひとつが宝物のように感じられました。

 

27年間投獄されていた彼は大統領となり、One Team, One Nationを実行するべく、白人の象徴であったラグビーを南アフリカ統一の柱として立て直し、全ての人の平和を願う世界の実現を目指した。

 

彼が投獄されていたときに心の支えとなったのは「インビクタス」という詩。

 

私を覆う漆黒の夜

鉄格子にひそむ奈落の闇

私はあらゆる神に感謝する

我魂が制服されぬことを

 

無残な状況においてさえ

私はひるみも叫びもしなかった

運命に打ちのめされ

血を流しても

決して屈服はしない

 

激しい怒りと涙の彼方に

恐ろしい死が浮かび上がる

だが長きにわたる

脅しをうけてなお

私はなにひとつ

恐れはしない

 

門がいかに 狭かろうと

いかなる罰に苦しめられようと

私は我運命の支配者

我魂の指揮官

 

この詩をフランソワに渡し、弱小チームだったスプリングボックスを奇跡的に優勝へ導く。

 

どんなに打ちのめされようとも自分の運命を受け入れ、信じ、感謝し、怒りや恨みを捨て、復讐ではなく和解と赦しを自ら選ぶ。

 

これこそが真の強さ。

 

ニュージーランドとの決勝戦で会場を埋め尽くす、美しい国旗の数々は決して南アフリカのものだけでなく、あらゆる国旗が舞い踊る。

 

新ためて全ての国旗の色の美しさを感じ、世界がひとつになるということは、その人個人の色を認め、全ての色を美しいと感じることなのではないか。

 

南アフリカの国旗はレインボーフラッグと呼ばれ、1994年に制定された。

 

赤は黒人解放の闘争と過去の対立で流れた血。

 

蒼は南アフリカの空と二つの海。

 

緑は農業、自然、森林資源。

 

黒は他のアフリカ諸国とのつながり。

 

白は平和。

 

黄色は金など天然鉱物資源。

 

このような意味があると言われているようだ。

 

今世界で起こっている様々な紛争、戦争も、それぞれが自分の色のみを主張し、他の色を認めないと主張した結果であろう。

 

これからの地球を、そして宇宙を守り、平和を築きあげていくには、そのような感情を捨て、全ての色を心から美しいと認めることからはじまるのではないだろうか。

 

(2010年2月26日)

 

 

 

 

 



 

大好きだった音と感覚

今年の冬はほんとに寒い!

 

10年近く駒沢公園の中を散歩していますが、こんなに霜柱がたくさん広がる冬は初めてかもしれません。毎朝足の裏を刺激してくれる霜柱は、実は私の大好物。

 

小学校の頃学校へ通う道すがら、全ての霜柱を踏んで学校まで行こうと決めて、あのザック、ザックというわくわくする音とともに倒れていく細い氷のかけらを感じ、足の裏が微かにくすぐられる感覚。

 

もう至福の時間でした。ひとつ残らず踏み倒して楽しんでいたら、いつの間にか時間が経ち、学校の門が閉まっていたのを思い出します。

 

あの頃毎朝寒くて冬になると通学途中に霜柱を踏まない日はなかった。雪国育ちの人は東京にきて初めて霜柱を見たと聞いて新鮮な驚き!

 

霜柱ってよく見るとすごく綺麗。細かい氷の線が無数に並んで上と下に土を従えて、どこまでも続く氷の束に夢中だったなあ。

 

今でもその大好きだった音を聞くと「わ~い!!」と叫びたくなるくらい。

好きな音を好きなだけ楽しんでいた子供時代に比べて大人になった今、なんて不自由なんだろうと実感しています。

 

いつでも毎日"するべきこと"があり、"やりたいこと"はなぜだか後回し。

大好きな事が毎日どころか週に1回もできない日が続くと自分が本当にやりたいことや好きな事がなんなのかも忘れてしまいそう。

 

最近読んだ本田健さんの「きっとよくなる」という本に、自分が自分であることを許すとそこには健全な寂しさがある、とありました。

 

確かに自分らしさは誰でもないこの世でたった一人の自分の中にある欲求そのものだから。

 

かけがえなのない愛する人や友達との関係を楽しみ、全ての人がもたらす出来事を受け取ることを誓いながら、自分が自分であることを許すということができるのか?

 

そんなことを考えながら、やっぱり大好きだった音や感覚はどんなに時間が経っても変わらない自分らしさの象徴だから、冬の霜柱を踏むこと位、思う存分やるぞ!と心に決めて毎日散歩しています。

 

(2010年2月12日)

 

 

 

富士山と満月に祈った気持ち

あけましておめでとうございます。2010年が始まりましたね。

 

今年の幕開けは真っ白に雪化粧した富士山を眺めたことと、その前日の大きな満月。

 

どちらも蒼みをおびて白く輝き、深々と冷える冬の空に美しく、また何かを暗示させるように、静かにそこにありました。

 

去年は"認める"を新年の決意にしたのですが、これは自分で何度も読み返しては、自分に問うてきた1年でした。

 

それでもなかなかできた!とは言えなかったなあと反省。

 

そこで今年はもっとシンプルに、でも難しいことを選びました。

 

"どんなときもほほ笑みを"。

 

無理に笑う必要なんてないと思っていたのですが、何かで「幸せだから笑うんじゃない。幸せになるために笑うんだ。」と書いてあったのを思い出し、また子供の笑顔がいつも私の心を和らげてくれることを感じ、今の私とその周囲に必要なのは、スマイルかなと思いました。

 

誰でもほほ笑みをもらうとほほ笑み返したくなるものですよね。

 

野口さんの「心眼力」の本にも、ほほ笑みに関する仏の教えのことが書かれていたことを思い出しました。

 

新年の決意というには、なんとなくおぼろ気な感じかもしれませんが、今年は蒼い月と富士山に静かに祈っているうちに始まったので、内観しつつ、心を真っ白にしていこうと思います。

 

そしてうまくいかなくても自分を責めることなくその日一日を安らかに幸せに終えたいなあというのが今の気持ち。

 

さあどんな一年になるでしょう?とっても楽しみです。

 

(2010年1月8日)

 

 

 

 

黄金色の麦畑の中で 少年を抱きしめるとき

あと2日で2009年も終わりですね。

 

いろいろなことがあったけど、今こうやって健康に幸せを感じていられることに感謝します。

 

2009年のトリを飾る映画は、「歓びを歌にのせて」。

 

スエーデン映画はあまりなじみがなかったのですが、この映画はあらためて人は幼い頃の感情の中で人生のほとんどを過ごすと感じました。

 

人の人生はあっという間だけれど幼い頃に体験したことは見たもの、感じたことなどはずっとずっと私達の心の奥にぎゅっと詰まっていて、何かあるごとにその感情が湧きあがってくる。

 

この映画の最初のシーンは、黄金色に輝く麦畑を走り回る子供たちの楽しそうな笑い声と、その中でなぐられ、血だらけになってうずくまる少年の苦痛にゆがむ表情です。

 

その後音楽家として成功を収めて名声を得てもどこか人に心を開けない彼は、身体を壊し、何故か幼いころに育った田舎町に戻るが、改名しているため、彼の正体を知る人はいない。

 

そんな中で村の聖歌隊を指導することになったダニエルは、それぞれの心の声、"自分の声"を見つけ、心を表現する真の"音楽"を人々と共に探していく。

 

それぞれが人生における悩み、苦悩をかかえながらも、心を開くことで自分自身を見つめ、人を愛し、自分を愛していることに気づく。

 

音楽を愛し、自分を愛することを感じて、初めて心を開くことができたダニエルは自分の正体を明かし、赤いシャツを着て、自転車で町を駆け巡る。自分を思いっきり表現したくなったからこそ、赤なんだと納得。

 

最期に皆がコンサート会場で手をつないで歌うシーンでは、会場の皆が赤、青、白とはっきりとスエーデンの国旗を意識した服をまとって合唱する。

 

皆を指揮する予定だった彼は一人洗面所で倒れ、皆の歌う声を聞く。

 

死の直前に彼の脳裏をよぎるのは、幼い頃の麦畑。黄金色の稲穂の中で赤いシャツを着た少年を抱きしめるのは、大人になったダニエルだった。

 

自分の人生そのもを愛することができて旅立つことができた彼は本当に安らかだった。

 

自分は本当に自分の人生を生きたかを確信できるのは、実は死の直前なのではないか。

 

自分の心の中にしまってある子供の頃の感情を今ひとたび開いて、抱きしめてあげようと思った、年末のひと時でした。

(2009年12月29日)

 

 

音の記憶

昨日借りたDVD「奇跡のシンフォニー」(August Rush)で思わず音の記憶をたどりたくなりました。

 

主人公の男の子エバン(フレディハイモア)は生まれた時から施設で育ち、両親を知らないにもかかわらず、必ず両親に会えると確信を持って日々心の音に耳を澄まして生きている。

 

母ライラ(ケリーラッセル)はチェリスト、父ルイス(ジョナサンリースマイヤーズ)は元ミュージシャンで出会った瞬間恋に落ち、エバンを身ごもるが、運命のいたずらで二人は引き裂かれ、子供は生まれたことを知らされずに施設に預けられてしまう。

 

ある日エバンは音につき動かされて施設を抜け出し、N.Y.マンハッタンで音楽で稼ごうと子供たちを育てている(かくまっている?)ウィザード(ロビンウィリアムス)に出会い、ギターを弾かせてもらい、その才能をあっという間に開花させる。

 

エバンにとってはやかましいサイレンの音も、バスケットのドリブルの音も、人々の笑い声も、全ての音が調和されたハーモニーのように心に沁み入ってきて、独自の音楽となるのだ。

 

このような神童がいるのは納得できなくもない。だいたい音楽そのものが生まれた時から湧き出てくるような子供が現実にいるけれど、きっと前世の記憶からか、それともこの世に生を受けた瞬間、もしくは母の体内で受精した瞬間から音を記憶してくのか、わからないけれど、とても興味深い。

 

私の息子は今はあまり音楽に興味を示さないのだが、5か月位の乳児の時に、激しく泣いていてもジミーヘンドリクスとダイアストレーツ(ヘビーメタル)を聞かせるとぴたっと泣きやんだ。

 

不思議だったが、本当にその曲に聞き入ってしまい、陶酔するのだ。

 

前世の記憶かなあと思いながら、泣きやんでくれるのでまさに神様!ありがとうと言いながら何回も何回もかけ続けたことを思い出す。

 

そんなことを考えながら自分の音の記憶をたどってみたくなり、久々にピアノを弾いてみた。

 

やはりいいなあ~ピアノの音って。

 

懐かしいソナタやショパン、シューマンを一通り弾いてから、発表会で間違った箇所を思い出した。

 

私にとって最初の音はなんだったのだろう?

 

2009年12月13日

アメリカの象徴と赤の関係

12月ですね(*^_^*)

 

もうクリスマスか~と人ごとのように言いますが、我が家も今日クリスマスツリーを出してきました。

明日はオーナメントを飾ります。

 

この時期になると見たくなる映画と言えば、「ラブアクチュアリー」や前にこのブログで紹介した「アメリ」など、赤がメインで、愛と喜びを感じるほのぼのした映画ですよね。

 

でも今年は初の黒人大統領オバマ氏が当選し、アメリカの存在感や影響力が微妙に変化し、また長期的なドル安などアメリカそのものの色を考えさせられました。

 

アメリカと言えばやはり、赤。

 

アメリカの政治に関わる女性がここぞというときに身につける、パワースーツの赤は単純に強さの象徴ととれるし、なにより他の国の女性が着てもしっくりこないけど、アメリカ人女性なら納得してしまうから。

 

そこでかなり前の作品なのですが、「アメリカンビューティー」。

これほどまでにさまざまな意味合いを含めた赤を表した作品はないといっても過言でないくらい、赤、赤、赤なのです。

 

まず主人公レスター(ケビンスペーシー)とキャロン(アネットベニング)の住む、白い家のドアが赤。その庭を囲む見事なバラの植え込みが全て真っ赤なバラ。

 

そして冷え切った家族関係のリビングテーブルにはいつも真っ赤なバラを美しく飾ってある。

 

不動産のセールスをやっているキャロンが魅力的とは言えない家を売ろうとして自分を鼓舞させようと掃除をするときにベージュのスーツを脱ぐとその下に身に付けた赤いスリップ。

 

娘の友達アンジェラが踊るシーンやバスタブにつかり誘惑される夢を見るシーンも赤いバラの花びらが無数に飛び散る。

 

レスターが14年間勤めた広告代理店で死んだように働き、嘘をついて仕事をするのに飽き飽きして、辞めたあとに見つけた仕事で彼が着ていたのがスマイリーバーガーの赤い制服と帽子。

 

そして最後にレスターが幸せを感じたそのときに銃で頭を撃たれ、テーブルの上を流れる真っ赤な血。

 

どの赤も、嘘で固めた日々に対する怒りや激情、葛藤を表しているように思え、最後に流れる真っ赤な血は死そのものと、それに相反するかのような喜びが感じられる。

 

なぜなら彼は死のその時に"美しいものがありすぎて、怒りが消えていく。"とつぶやくから。

 

彼は、最期のときに感謝の気持ちを表していた。

 

アメリカの象徴として私が捉える赤は、昔は単純に強さへの憧れと自由であったが、最近のアメリカを見るとき、同じ赤でも怒りや葛藤を感じてしまうのは、この映画から感じるものだけではなく、世界的な立場が少しずつ変わってきていることも影響しているかもしれない。

 

でもやはりアメリカには赤いエネルギーと勇気を感じたいと実は願っている私です。

 

(2009年12月4日)

 

 

 

 

「セルリアンブルーは無数の労働の象徴よ」

このセリフ、ガツンときました。

 

私のお気に入りNO.1映画、"ブラダを着た悪魔"の中で、ミランダ(メリルストリープ)がアンディ(アンハサウエイ)に言い放つセリフ。

 

ファッション業界のオニ編集長ミランダのアシスタントに採用されたアンディは、ジャーナリスト希望の女の子。

ゆえにファッションには興味がなく、ランスルーの準備で皆が一着の服に合わせるベルトを選ぶのに、全く同じに見える二つのどちらを選ぶかで討論しているのが滑稽で、思わずくすっと笑ってしまったのだ。

 

そのアンディに対し、ミランダが逆襲する。

 

「あなたが今日選んださえないブルーのセーターは、実は、オスカーデラレンタが2002年に発表し、その後サンローランがミリタリージャケットを出したセルリアンブルー。ターコイズでもラピスでもない。その後8つのコレクションで発表され、カジュアルブランドでも売り出した。巨大市場と無数の労働の象徴よ。ファッションなんか気にしないと馬鹿にしているあなたが着ているセーターは、皮肉にも私たちが選んだの。」

 

すごいセリフでしょ?

 

ファッションなんかに夢中になるなんて頭が空っぽじゃない?とかお茶くみや電話を取るのにシャネルのブーツが必要?って思う人がほとんどでしょうけど、ファッション業界や色を仕事にしている人にとっては、なぜこの色が流行るのか?どうして今この色が欲しいのか?ということは最大の関心事。

常に市場調査し、大々的に売り出し、巨大市場に乗り出す。

 

まさにセルリアンブルーは労働の象徴なのだ。

 

この映画はSATCのスタイリストであるパトリシアフィールドが手がけているだけあってファッションが素晴らしい!

 

SATCとはまた違った、仕事に対する厳しい試練、乗り越える力や何を求められるかなどを象徴するかのように辛口の黒がメインの戦闘服がほとんどで、欲しい~と唸ってしまう服ばかり。

 

30代仕事に自信を持ちたかった頃、全身黒で赤い口紅で働いてたことを思い出しました。

 

この手の映画は、どうしても自分と主人公を自己投影してしまうのですが、古くは「ワーキングガール」のメラニーグリフィス、最近では「ブリジットジョーンズの日記」のレニーセル二ガーなど、どんなにつらいことがあっても仕事である以上、弁解無用。乗り越えたときに成長があるんだというストーリーが大好き!

 

でもどんなに痛めつけられても自分の軸は絶対曲げない。

 

そんな主人公が大好きで応援してしまうのだが、この映画はミランダのあらゆる哀しみがひしひしと伝わってきて最後のシーンで、車の中でいろんな想いを含めてかすかにほほ笑む、メリルストリープの演技に参った!!という感じでした。

 

KT Tunstall の「Suddenly I see」

この曲も大好き!

 

何度見てもつい最後まで見てしまう最高の映画です。

 

(2009年11月13日)

 

 

 

 

 

暖かい色がたくさん! p.s. I love you

宣伝であらすじがほとんどわかってしまったので、映画館には行きませんでしたが、きっと好きなタイプの映画だろうなあと思っていて、とうとうDVDを借りました。

 

思った通り、いろんな色がたくさん詰まった、人恋しくなる冬にはおススメのアイルランド作家、セシリア・アハーンのラブストーリー♥

 

夫の突然死といういきなり暗いテーマのはずが、何故か主人公のホリー(ヒラリー・スワンク)は、悲しみの中でもほとんど赤か緑を着ているのです。

 

そして、さすがアイルランド!とうなってしまうほど緑が鮮明なんです。

 

ホリーがジェリーに初めて会ったのがアイルランドの田舎町の旅行中で、そのときのホリーの服装が赤い手袋に紫の帽子、めちゃめちゃ派手な服で、とにかく田園風景にマッチしていて可愛いの。

 

ジェリーが死んだあとにジェリーからの手紙を受け取り、その手紙に促されて向かうアイルランドで偶然出会う、ジェリーの男友達が赤いシャツで、そのときのホリーは緑のワンピース。

 

私のお気に入りの映画「アメリ」でも赤と緑のコンビネーションがたくさん出てきますが、この映画の赤と緑には、愛と再生を感じるんだなあ。

 

死んだ夫からの手紙を送っていたのは実はママだったことに気付き、ママの愛とスマイルを取り戻したホリーは、最後に大好きな靴のデザインを始めて、できた靴はとってもカラフル。

 

その靴の後ろには彼との結婚式の写真がまだ置いてあるけれど、その色はもうセピア色なの。

 

ちょっとせつない、でも暖か~い色がたくさんの私好みの映画でした。

 

(2009年10月23日)

 

ベー・チェチョル 光の中で復活

10月12日、Hakuji Hallにて行われた韓国人テノール歌手 ベー・チェチョルさんのリサイタルに行ってきました。

10月べーチラシ(小)

イタリアで学び、数々の賞を受賞し、アジア史上、最高のテノールと称されヨーロッパで活躍中、2005年甲状腺ガンに侵され、声を失いました。

 

人間が声を出すために必要な神経3つが切断され、横隔神経麻痺により右肺の機能を失いますが、京都大学一色信彦名誉教授による声帯機能回復手術を受け、厳しいリハビリの末、奇跡的に復活を遂げたべーさんの歌声は、澄みきった空のようでした。

 

(ヴォイスファクトリー(株)HPより)

アベマリア、輝く日を仰ぐとき、初恋、どの曲も静かに目を閉じると自分の心の情景が広がってきて、自然に涙が頬を伝い、日々汚れていく心の埃が流されていくのを感じました。

 

細長くて狭いホールなのですが、彼のほほ笑みと温かい立ち姿には、何故だか多くの光が集まり、煌めいていました。

 

彼の初の自伝「奇跡の声」も読みましたが、彼が今歌うのは他でもない、愛と奇跡を与えてくれた人々のためであることが新ためて感じられ、まっすくな彼の瞳を見つめて彼の歌を聞きながら、奇跡が起こるときの条件を考えてみました。

 

奇跡は簡単に起るものではないけれど、そこに多くの人の純粋な愛と信じる力、その二つが凝縮したとき、宇宙がそのパワーにこたえてくれるのかなと思います。

 

光のシャワーの中で3回のアンコール曲を歌い終えた、彼の静かな笑顔を見つめながら、そんなことを考えていました。

 

(2009年10月14日)

 

 

台風一過の後の匂い

台風のあとの公園を歩くとすごいです。

 

木や葉っぱがこんもり道を覆っていて、歩くとがさがさひっかかるし、自然の脅威を思い知らされます。

 

でも目を閉じて大きく深呼吸すると、いつもと違う匂いを感じ、ふと足を止めてみました。

 

今の季節だけ香るキンモクセイの甘いにおいと湿った木々が混ざって、まるで深い森に迷い込んだよう。

 

前にこのブログでくちなしの花の思い出について書いたことがありますが、初秋に香る優しいオレンジのキンモクセイも子供の頃から好きな花でした。

 

秋になると近くの森で薪を燃やして、みんなで焼き芋を焼いたり、落ち葉を拾って日記に貼ったり。日々寒くなるけれど、いろんな楽しみがあってわくわくしたな~

 

小学校の頃父がアメリカで買ってきてくれたモダンなデザインのオレンジのワンピース嬉しかったな。

 

ある夏の夕方の燃えるような夕焼けが悲しいことを思い出すので黒っぽいオレンジは今でも苦手。

 

などなど台風一過のおかげで嗅覚が研ぎ澄まされて、キンモクセイのオレンジからいろんな記憶が呼び戻されました。

 

香りは自分の心を聞くことだと何かで読んだことがありますが、香りと結びついた色の記憶は、私をいつも強烈な力でひきつけて、特別な世界へ連れていく。

 

澄んだ秋風の中で一人、森の中を漂っていた瞬間でした。

 

(2009年10月9日)

 

 

酒井法子、黒と白の決意

この話題はもううんざりという方も多いと思うので、あえて薬物問題についてはコメントはしませんが、

やはりカラーセラピストとしては、今回の酒井法子の保釈時に着ていた服装と乗り込んだ車の色に注

目してしまいました。

 

アクセサリーは一切つけず、メークも色味をださず、白いレースのパイピングの付いた、黒のパンツス

ーツに黒の低めのパンプス。

 

スタイリストが吟味した結果だと思いますが、絶妙な白の利かせ方が、彼女のアイドルとしてのプライ

ドを表しているかのよう。

 

白と黒の無彩色の組み合わせには、自我の沈黙、表と裏、光と影、天使と悪魔などの意味があると

言われていますが、確かに彼女の寂しげな笑顔には、その影の部分を匂わす不思議な魅力があり、

だからこれだけ長い間アイドルとして、芸能界で活躍していたのかもしれません。

 

その彼女が乗り込んだワインカラーの車も確実に計算された映像と言えるでしょう。

 

ワインカラーには、成熟、抑えられた情熱などの意味があり、演出を考えた人は、彼女の今後のイメ

ージとして、今までのクリーンな家族を思わすパステルカラーなどではなく、大人の女性として再出発

させるためにあえてワインカラーの車を選んだのではないでしょうか。

 

今回の会見での謝罪の言葉は、たぶんほとんどの人の心に届くものではなかったと思いますが、そ

こに存在した色によって多くの人は、さまざまな印象とメッセージを読み取ったのではないでしょうか。

 

(2009年9月19日)

 

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